家が壊される
近所の大きな家が壊されている。
道ですれ違えば挨拶をしていた奥様の大きな家です。
もう80歳は過ぎていたでしょうから処分して、
老人ホームに入られたのかな?と勝手に推察します。
広い敷地と大きな古い家は、若い人が居ないと維持できないのかも知れません。
瓦は人の手で地上に下されましたが、
その後は重機がガラガラと大きな音を立てて
家を壊しています。
全く知らない人の家が壊されるのは、平気ですが、
少しでも話しをしたことのある人が住んでいた家が壊されるのを
見ているのは、感慨深いものがあります。
過去にわたしも自分達家族の住んでいた家を壊したことがあります。
その時は家が可哀想で、可哀想で、
昼間、重機に壊されている我が家を見ていることができず、
壊されている期間は
夜、仮住まいから車で来て停めてじっと見ていました。
『ごめんね、ごめんね。』って何度も口ずさみました。
同居していたお姑さんも亡くなり、子供二人も独立したので、
壊して夫婦2人住み良くするのが最良の方法と納得していても、
子育てした家を壊すのは、とても辛い経験でした。
家は単に入れ物では無いと、痛烈に思った経験でした。
今の家にこれからどのくらい住むことができるのか?
ぼんやりと考えてしまいました。
でも、考えても仕方のないことを、考えてはいけない。
『なるようになる』 のだから。
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